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尾燈去ル

生きるための記録。

新潟から宗谷岬へ。自転車旅(16日目, 旅の終わり)

AM 5:30に起床する。

今日は稚内に戻り、本来の目的地である宗谷岬を目指す。これで旅が終わる。

 

16日目

マスターの作った豪華な朝食を食う。利尻昆布を使った冷たいうどん、ご飯と梅風味の佃煮。とろろ昆布ののった冷奴など。朝から腹が膨れて良い。宿帳にマスターと「眉倶楽部」への感謝を込める。また来れるだろうか。

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フェリー乗り場にはマスターもいっしょに来てくれた。そして、「なんでこんなに?」と思うくらいまでずっと手を振って、自分の乗るフェリーを見送ってくれた。ハートフルな人だ。ここにまた来たいと心から思った。旅の最後の宿が「眉倶楽部」で本当によかった。

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利尻島が離れていく。近くで見る尖った頂の利尻山は、また富士の形に戻っていく。近づいてしか分からない岩肌のシワの一つ一つが、次第に一つの山陰に収束していく。

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稚内駅に着いて荷をコインロッカーに入れ、「さて、宗谷岬を目指そうか」という時、バンダナとサングラス姿の男が英語で話しかけてきた。自転車に大きな荷物を括りつけた旅人。聞くと、自転車のスポーク(?)の金属が曲がったとかで、自転車屋を探しているらしい。Google mapで探してやると、駅から南に数キロのところに自転車屋を見つけた。

川の位置などを参考に彼に場所を説明しようとしたのだが、伝わっているのかいないのか…。方向的に大したロスにもならないので「いっしょに行くよ」と伝え、結局自分が案内することにした。いやいや、ほんと面白い出会いばかりだな、と稚内でごく自然に外国人の人助けをしている自分に自分自身が一番驚いていた。

話すと彼はイェンという名(多分中国系)で、4週間かけて日本を自転車で旅するという。北海道を回ったら次はフェリーで九州へ向かうのだと。自分が新潟から2週間かけて稚内まで来たことを話すと、「wow!」と。外国人の本格的な自転車乗りっぽい人に驚かれると、凄く嬉しい。

自転車屋に着くと、彼はとても感謝してくれた。そしてバッグから桃のパックを取り出すと、その桃の一つをくれた。彼は「君は救世主だ」的なことを何度も何度も繰り返していた。彼と別れてからコンビニの駐車場で桃にかぶり付いた。なんだかとても美味かった。

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そんなこんなでAM 11:00を過ぎてしまった。改めて、一路最後の目的地である宗谷岬を目指す。雲ひとつない青空の中で平坦な道を走る。荷も軽いので、漕ぐペダルも軽やか。

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日本最北端のコンビニ(セイコーマート

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間宮林蔵 渡樺出港の地

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あと少し…

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PM 0:30、遂に"日本最北端の地" 宗谷岬にたどり着く。

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ツアー客もいれば、バイカーもいればチャリダーもいる。ギターを弾いたり(日本一周をしているチャリダーで数日前にオロロンラインで会った人だった)、何やら熱心に書き物をしていたり(これもチャリダー)、昼寝をしたり(自分だ)、皆日本最北端の地での暫しの時を思い思いに過ごしている。

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北の海に目を止めば、サハリン(樺太)の島影がはっきりと目視できる。「もうあそこは白人の土地なのだ」という事に妙な感動を覚える。

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腹も減ったので、目に入った「食堂 最北端」という"まんま"の名の店で、カレーライスの大盛りを頼む。特に期待していなかったのだが、ホタテの風味が効いていてこれが美味かった。勿論、達成感も込みでなのだろうけれども。

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利尻富士の"威容"を正面に見ながら、稚内へ戻る。

稚内市街へ着くと、最後に北門神社で旅の感謝とその他色々を神様に誓った。

PM 4:51、スーパー宗谷4号 稚内駅発。車中この旅を振り返って日記を付けたりしているうち、眠りに落ちていた。再び目が覚めた時、列車はもう夜の札幌の街に着いていた。

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・走行時間 4h00m00s(推定)

・走行距離 62.00km(推定)

・積算距離 1492.5km

 

旅の終わり

16日目の夜は、札幌市街のマクドナルドで時間を潰した。

旅の17日目を迎えた。この日、新潟へ小樽からのフェリーで帰る。札幌から小樽への最後の35kmの道のり…これがキツかったのだけれど、なんとか小樽へと着くことが出来た。

AM 10:30小樽出港。フェリーでの20時間余りは、貪るように寝ていた。それだけ疲れきっていた。

旅は18日目、AM 6:30…フェリーは新潟港に帰った。

小雨の中、出てきた時と何も変わらぬ新潟の街がそこに粛然とあった。

 

・走行時間 3h00m00s(推定)

・走行距離 35.00km(推定)

・積算距離 1527.5km

 

16日目の行程

 

・・・

 

本州8泊、北海道7泊、帰りの道中2泊の旅だった。走りぬいた距離は、1,500kmを超えた。厳しかったのは、初めて雨に降られた秋田と青森の弘前へ入る道中、そして札幌への中山峠越え。改めてよくやったものだと思う。

北海道は目指してはいたものの、当初の目的地は本州最北端の大間だった。北海道へ行ければ万々歳、ムリだろうけれど宗谷岬まで行ければなァ…くらいの気分で旅を始めた。結果、ペダルの一こぎ一こぎの総和で、新潟から宗谷岬まで走り抜いた。

旅の中で、多くの人に出会った。「道の駅 おおがた」での競馬談義が無ければ、札幌を目指してはいなかったかもしれない。札幌郊外のコインランドリーでおばさんのくれた炭酸飲料は、大変な元気をくれた。利尻島の「眉倶楽部」での一夜は忘れ得ぬ思い出になった。綺麗事でなく、本当に人との出会いによって旅が出来たと思う。もしも世界がまったく同じで、人だけがいない中を自分が旅していたとするならば、きっと途中で挫けていただろうと思う。

旅は素晴らしいものだと思う。

 

こころをとどめている人々は努めはげむ。

かれらは住居を楽しまない。

白鳥が池を立ち去るように、かれらはあの家、この家を捨てる。

―『法句経』 第七章の九一 より

 

まとめ

・総走行時間 87h21m26s

・積算距離 1527.5km

*サイクロコンピュータが途中で故障のため、時計・地図からの推定を含む。