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尾燈去ル

生きるための記録。

新潟から宗谷岬へ。自転車旅(1~3日目)

夏も盛りのとある日。

映画『into the wild』を見て以来、久しぶりに湧き上がっていた冒険意欲の赴くままに行動する日が来た。

アメリカ大陸でアラスカを目指すが如く、一路日本列島を北進。目指すは北海道、手段は自転車。

 

1日目

AM7:30 予定通り家を出る。

正午過ぎ、村上市街で昼食をとる。

345号線を走る。笹川流れは、アウトドア客でごった返している。狭い砂浜にテント、日焼けした男の裸、バーベキューの煙の臭い。

岩場は美しいが…どこを切り取っても、どこぞやで見たような景色。自分にとっては、"笹川流れ"は名前負けの感だけが残る。

 遠く見える粟島を追いかけ、追いついて、やがて追い越して行く。

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PM5:30 予定通り「道の駅 あつみ」着。

到着するとすぐに、自転車で奈良から小樽を目指しているという大学2年生が声を掛けてきた。自転車の話に花が咲き、少し心に余裕が出る。(何より、この道の駅の休憩所が24時間開いているということを知り安心する。これで今晩は野宿をする必要がなくなった!)

休憩所は噂通りの座敷。他に中高年の3人組のライダーがいた。こちらは香川と大阪から、と。

また話に花が咲く。旅はやはり楽しい。

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後、今度は福岡から北海道を目指しているという一人旅の社交的な質のライダーがやってきた。彼は会う人会う人に、質問に答えてもらう形で何か書いてもらい、旅をしながら「本」を作っているのだそうな。旅から何かを得ようとしているのだろう。

彼は歳上だったのだが、自分は彼を見て「何だか、若いなぁ」と思ってしまった。自分は旅に、幻想やあこがれをもはや抱いてはいないから。

…では、なぜ自分は旅をする?

その後しばらくの間、その根本的な疑問は自分について回る。

 

夕食は湯を沸かしてカップヌードルを食う。休憩所に併設された200円のコインシャワーで、シャワーを浴びる。(この道の駅、本当に設備が充実していた)

 

・走行時間 5h38m24s

・走行距離 121.30km

・積算距離 121.30km

 

2日目

AM6:30 起床。

目覚めて、いつもと違う天井を見て「ああ、旅をしているんだ」と思う。外へ出ると雨がぽつぽつと降っていて、先行きが心配になる。

スマホで天気予報を見る。この日は雨は持ちそうだが、翌日翌々日は一日雨の予報。今日の内に出来るだけ進まなければ。予定を変更して、この日の目的地を由利本荘から秋田市に変更する。

AM7:30 出立。ライダーのおばさんの「気をつけてね」の一言がうれしい。小樽へ向かう自転車旅の大学生はとっくに出ていた。"本を作っている"兄ちゃんは、まだ寝ていた。

一人ペダルを漕ぎ始める。

 

国道7号を走る。鳥海山が霧の中遠くに見える。ペースは順調。

AM10:30 酒田市に入る。漁港に併設した「みなと市場」で海鮮丼を食う。雨がまた降ってきたので、PM1:00くらいまで今後の計画を立てながら休憩し、再出発。

途中、国道7号線沿いに石原莞爾将軍の墓所を見つけ手を合わせる。

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ここら辺からは景色を見ている余裕もなくなって、視線を何に合わせるでもなく、ただがむしゃらに漕ぐ。

小雨のなか自転車を漕いでいると、しだいに内省的になっていく。「何故こんなことをしているのか」という旅に対する根本的な思いがまた湧いてくる。

昨日の"本を作っている"兄ちゃんを思い出す。彼はどうして旅をしていたのだろうか?何かに葛藤し、何かを求めて旅をしていたのならば、少なくともかつての自分と同じではなかったか。

ならば、彼は「語り合える人」じゃなかったか。でも、自分は疲れもあって積極的に語り合おうとはしなかった。

もう彼には多分一生会わないだろう。一期一会なのだ。

 

思索の対象はそんな他者との関係性から、次第に自分の存在そのものへと移っていった。

ひょっとすると人との出会いだけでなくて、この世界を自分というこの人格で生きていること自体が一期一会なのではないだろうか。

それは、自分の中で新しいアイデアだった。

 

暗くなった海岸線に島影が見えてきた。やがて影は陸へと連なった。島ではなく男鹿半島だった。

日が沈んでも秋田市には着かなかった。国道沿いなのに外灯が無い。車が途切れる時は本当に真っ暗だ。

交通量はそこそこ多いので、なるたけ歩道を走るのだが、草がかなり茂っている。ヒョイと歩道脇の草むらからタヌキのような動物が飛び出してきたりもした。

PM8:00すぎ、ようやく秋田市内に入った。

市街まで来ると寧ろ寝る場所に困る。ネットカフェも考えたが、結局秋田市役所すぐ横にある「八橋運動公園」で夜を明かすことにした。

面倒なので、テントは張らずベンチに横になる。ベンチといっても背持たれがなく、円形をしているので非常に寝難い。(今振り返れば、普通にテントを張ればよかったのだ。当時、まだ野宿になれていなかった)

 

AM0:30 すっかり眠っていたところに、2つのライトが顔を照らす。人生初の職務質問

 

警察「野宿?」

自分「はい」

警察「旅してるってすぐわかったけど、一応いろいろ確認させてね」

自分「はい、新潟からです」

警察「身分の証明できるものある?大学生?」

自分「はい」

 

そんなやりとりの後、何故か靴の裏の型を確認された。

警察「何かあったらすぐ110番してね」

結局5分ほどで解放された。

 

ああ、早く目的を達して家に帰りたい。そういえば、今日の夕暮れ時、どこかの家のカーテン越しに家族団らんする人達の姿を見た。お盆なのだ。自分もおみやげを買って、早く実家に帰りたい。

深夜の公園の暗がりで一人そう思った。

 

・走行時間 8h27m09s

・走行距離 162.06km

・積算距離 283.4km

 

3日目

AM5:30、寒さで目覚める。土砂降り。風が冷たい。

風を遮るものがないから、体が凍える。(シュラフなし防寒着なし…)

動きたくない。どうしよう…という気持ち。

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しばらくは我慢していたが、AM6:00頃になって寒さに耐え切れなくなり、運動公園内の体育館のロビーに入れさせてもらって風雨を凌ぐことに。

もう帰りたい…秋田から引き返そうか、という思いも湧いてきた。

 

そんな思いを打ち消す為もあって、秋田駅周辺で少し時間を潰した後、自転車を預けてバスで秋田温泉へ向かった。

「秋田温泉プラザ」日帰り入浴+3時間の休憩で料金は1000円。

入浴後、休憩所で爆睡しているとあっという間に3時間が過ぎて「時間ですよ」と従業員に声をかけられる。(密かに長居を企んでいたけれど、やはりきちんとチェックされていた)

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外へ出ると、雨は止んでいた。

…行こう。少しでも進もう。即断した。

 

一度秋田駅に戻って、PM4:00を過ぎて自転車を漕ぎ始める。

目指すは、「道の駅 ことおか」、秋田市街から40kmの道のり。

日没までには着かなければいけない。悠長にしている暇はない。前日のように、日没後も漕ぎ続けるのは嫌だった。

"人馬一体"で国道7号を進む。途中で転けたりもしたが、漕ぐうちにどんどんと調子づいていく。

雨は再び降り始めていたが、目的地が近づくにつれて止んでいった。

初めて「青森」の案内標識が現れた。あれだけ遠くに感じた本州最北端の県「青森」に確実に近づいている。俄然元気が出てきた。

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八郎潟が見えた時、急に強烈な西日が目の前に差してきた。

その西日は、「秋田市街から今日の内に少しでも進もう」という決断の正しさの証明であり、なにより自分の気分を高揚させた。

旅を続けられる!そう確信した。

早く家に帰りたい、という今朝よぎった思いはもう消えていた。

 

結局少し日没を過ぎて、PM7:00すぎになって「道の駅 ことおか」に着いた。

休憩所には、先客が2人いた。

一人は大阪から日本一周をしているチャリダー

もう一人は福島から東北一周をしているライダー。

近くのローソンで飯とビールとスナック菓子を買って、すぐに宴会が始まった。昨日の寒い寒い不安な夜から一転の安心感もあって、とにかく口が回る。とにかく楽しかった。なんだか妙に気が合うと思える2人だった。

結局夜11時すぎまで語り明かした。

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一通り宴会が済んだ頃、キャンピングカーが道の駅の駐車場に停まって、一人の男性が休憩所に入ってきた。

ありきたりな雑談から始まり、ふと男性は語り始めた。

自分は神経系の難病に侵されている、と。運動神経が侵されて、やがて自発呼吸も出来なくなるだろうと。だから、最後の思い出に妻と旅をしているのだと。

自分の中に一つの病名が浮かんだが、彼は決して自らその病名を語らなかったし、自分も深くは聞けなかった。

…というか、はっきり言えば自分は困り果ててしまっていた。

気のせいか、やや不自然に細く見える二の腕を見ながら、この目の前の人間にどう向き合えばいいのか悩んでしまった。

 

以前、講義でその疾患を学んだ時に感想を書かされたことがあった。

「運動神経が侵され、やがて呼吸も出来なくなるなんて想像するだけで息が詰まる。…というか想像しようと努めることすら、この病気の前では無意味に思える」という感傷的なことを自分は書いたように記憶する。

 

今、目の前に現実にその難病を抱える男性と向き合っていた。

「難病を抱えた患者さん」に向き合ったというより、「難病を抱えた一人の人間」に向き合っていた。

どんな感傷的な散文もその場では全く無意味なものに思えた。

 

男性とはしばらく、互いの旅の話などした。山の造型に対する感想を述べ合ったりもした。意見の合うところもあったけれど、どちらかというと合わないところが多かった。

自分は、見慣れた富士の美しさをある種の信仰的な安心感を交えて表現した。男性は、富士のような整った美は世界中の山にありふれた物だと言った。つまるところそれは価値観の決定的な違いだった。

価値観の違いというのは正直な感想なのだけれど、自分がそう感じられたことはそれで良かったのだと思う。

なぜなら、個の価値観に触れたということは(たとえそれが交じり合わなかったとしても)、難病という枠を外して人間として語り合えたということだと思うから。これは今になって思うことだけれど。

いずれにしろ、難病やあらゆる病気はそれ自体人間と人間を遠ざけるものでは決してないはずだ。

 

人との出会いの多かった3日目もこうして終わった。

 

・走行時間 2h19m45s

・走行距離 43.13km

・積算距離 326.6km

 

1~3日目の行程